viva cinema

ゴダール「恋人のいる時間」掌(てのひら)で触れる

BeauMale
2012.1.21

この「恋人のいる時間(1964)UNE FEMME MARIEE」はコロムビア映画の配給である.その所為なのか、筆者はこの映画の欠点を挙げるとするとミスキャストなのではと思う.主人公シャルロットはマーシャ・メリルという女優が演じているがアンナ・カリーナであって欲しかった.彼女の愛人役の役者(フィリップ・ルロワ)は、ケーリー・グラントを想起させ、夫役の役者(ベルナール・ノエル)もハリウッドの俳優といった感じである.コロムビア映画が強要したのかという気がする.

YouTube - Une femme mariée - Trailer 予告編
YouTube - Une Femme Mariée (A Married Woman) - DVD Clip "Pillow Talk" 英語字幕


最初の画面は美しい.何もない白い画面に下から華奢な女性の手が伸びてくる.手は握り方を変えてそれが艶めかしい.

Hosted by Picasa

次いで右から毛むくじゃらの男性の手が伸びてきて女性の手首を握る.「中国女」にも似たような手が両側から出て来て触れあう事の繰り返しが出て来た.

Hosted by Picasa

そしてこういったヌードが出てくる.

Hosted by Picasa

足も美しく出てくるが、この映画はエロティシズムかセクシャリティーを描いた映画なのかと観ていた.

Hosted by Picasa

この辺りで嫌そうではないな.何か既視感のようなものを感じる.併し画面は白黒で美しい.

Hosted by Picasa

ここまで来たら、これは性愛の映画ではないとはっきり感じるようになった.

Hosted by Picasa

これが主人公のシャルロットで彼女はパイロットの夫がいるが役者の愛人がいる.ここは愛人が彼女との逢瀬のために借りたアパルトマンである.この日初めてそのアパルトマンで愛を営んだのである.

Hosted by Picasa

初めての場所の値段とかを訊いたら屋根に通じる出口があると聞いて彼女は下履き一枚で屋根に出て行ってしまう.

Hosted by Picasa

慌てた彼は彼女を呼び戻す.彼女は夫も同様に男は外見ばかりを気にすると非難する.

Hosted by Picasa

この日の逢瀬は終わりで愛人は彼女の身支度を手伝わされる.壁に掛かるのはモリエールの肖像で、モリエールの眼差しが何故怒られたか解らないと言った子供の無垢で好意に満ちた眼差しだという話が入る.映像には出ないがルイ・ジューベの写真が貼ってあって彼女は悪趣味だと難じる.

Hosted by Picasa

支度が出来て彼は車を取りに行き彼女は隠れて待っている.

Hosted by Picasa

そこに車が来て彼女は手前側に乗るが、身を低くして人から見られないようにする.彼女はこの日はお手伝いが休みなので息子を幼稚園に向かいに行く.途中まで送って貰ってデパートの中を早足で歩きタクシーに乗るが途中で乗り換えるという用心深さである.なぜかは後で解る.

Hosted by Picasa

息子を受け取ってタクシーに乗る.この日彼女の夫はドイツまで飛行して戻ってくる.

Hosted by Picasa

二人の乗った黒いタクシーが進むと画面はこんな様に傾けられる.この映画はベッドシーンは静かな画面だがパリの街中を彼女は何時も早足で歩きそれを映すので非常に活気に満ちた美しいものである.その最たるものがこの傾いた画面であるかも知れない.

Hosted by Picasa

その時突然轟音とともに画面は空に切り替えられて小型機が映し出される.夫の操縦する飛行機である.

Hosted by Picasa

この飛行機の画面の後二人はタクシーから降りて、画面は尚も傾けられ、

Hosted by Picasa

ゆっくりと回転して反対側に傾く.走る二人の速度が加速されているように見せるためだろうか.

Hosted by Picasa

飛行機は既に着陸していて真っ先に夫が出てくると息子は父親に飛びつく.併し子供の実の父親ではない.シャルロットはこの良人の前に結婚してその時設けた子供である.

Hosted by Picasa

三人は友人の哲学者を伴って郊外のアパルトマンに戻る.友人はナチスのユダヤ人虐殺の裁判を傍聴し、強制収容所を見学してきたのである.友人を招いた夕食に夫婦はここの生活が如何に快適かを語る.

Hosted by Picasa

そしてその夜のベッドシーンである.愛人とのシーンと非常に似ている.ここで重要なのは如何に掌が触れているかである.この画面は最初の愛人とのシーンでも出て来た.

Hosted by Picasa

掌が身体に重ねられる.

Hosted by Picasa

そしてこれも、

Hosted by Picasa

またこれも、四つの手が重ねられる.

Hosted by Picasa

身体を見られたくないかの問い、同じ問いを愛人も発したのであるが、夫の問いに彼女は見るとはどういうことかを尋ね返す.夫は再び自分のものにすることだと答える.フランス語の見詰めるは regarder (= look at)であるがそれを区切って Re-garder だと答える.

Hosted by Picasa

彼女自身も手でも触れ、夫も触れてくる.背景は壁に飛行機の写真が貼ってあって場所を混同しないような配慮がしてある.

Hosted by Picasa

彼女の掌が夫の掌に重ねられ、

Hosted by Picasa

夫のはだけた胸元に掌は触れる.この触れ方は正しい触れ方であるがその話は後でする.

Hosted by Picasa

翌朝夫はもう出た遅くに彼女は電話の呼び鈴で目を覚ます.

Hosted by Picasa

手を伸ばして受話器を取る.

Hosted by Picasa

キャメラは受話器を耳に持って行くと上昇して壁の夫の写真を写す.

Hosted by Picasa

そして彼女は話す.これは全てワンショットでカットは入らない.電話の相手は愛人で彼女は最初不愉快そうに家には電話をするなと怒るが緊急であった.マルセイユに数日の予定で発つので空港で会いたいという電話である.映画館で待ち合わせを決めて受話器を戻す.

Hosted by Picasa

受話器を戻すときキャメラはさっきと同様に上に動いて壁に貼ってある夫の写真を映す.その写真が見えている間ダイヤルを回す音が被って、

Hosted by Picasa

キャメラは下がりダイヤルを回す手を映す.

Hosted by Picasa

電話は医者にであり、結果が出たかを訊く.結果は行ってから聞く事になって予約時間を遅くして貰う.

Hosted by Picasa

その後風呂に入り夫からの昼を一緒にという電話は掃除に来ているお手伝いに答えさせ風呂から出る.その後ずっと長回しでカットが入らない.お手伝いに勝手に雑誌を読むなと小言を言って、

Hosted by Picasa

テラスに出る.

Hosted by Picasa

外は「彼女について私が知っている二、三の事柄 」同様新興住宅地でクレーンが見える.昨晩快適だと友人に自慢したのはアメリカナイズされた生活だった.

Hosted by Picasa

戻って部屋に入ろうとする姿を追うキャメラは、

Hosted by Picasa

室内に入らず外壁に沿って横移動して窓から室内を映す.

Hosted by Picasa

仕事をするお手伝いの後ろを彼女はすり抜け、

Hosted by Picasa

隣のキッチンに行く.カメラは横移動を続けて、

Hosted by Picasa

キッチンはお手伝いも合流し、

Hosted by Picasa

二人が居間に戻るとキャメラもそれに連動して方向を変えて横移動する.

Hosted by Picasa

室内からテラスに出てまた室内に戻るこの長回しが面白いのは、画面が部屋の区分であるとか窓という枠だとかででワンショットなのにカットを何度も切っているように見えるところである.

扨、彼女は外出してパリの街中を散策し、カフェーで雑誌を見るが、その雑誌のページを掌で撫でるところが何カ所かある.

Hosted by Picasa

ページに折り目を付けているわけではなく掌でなで回すのである.愛情の対象にするのと同じ動作である.

Hosted by Picasa

行った先はクリニックで結果は妊娠である.医者は嬉しそうじゃないというので彼女は二人の男を愛してどちらの子か解らないと答える.医者は解決方法を示す出もなく、見当違いの話をする.

Hosted by Picasa

次は愛人との逢い引きである.彼女は愛人との逢瀬の時は行きも帰りもタクシーを乗り継いで行く.

Hosted by Picasa

一台降りたと思ったらすぐ次のに乗る.彼女が用心を重ねるのは夫が興信所に調べさせてばれてしまった事があるからである.

Hosted by Picasa

その途中の言葉遊び、これだけではないが、一つだけ挙げておく.危険(DANGER)という標識があると、

Hosted by Picasa

キャメラは別の危険(DANGER)という文字を映す.

Hosted by Picasa

それに接近して ANGE の部分だけが表示される.ANGE = ANGEL である.危険の中には天使がいる.

Hosted by Picasa

これは意味があるわけではないが、エスカレーターが上り詰めたところ小股の切れ上がった美しい踵だったので載せただけである.

Hosted by Picasa

掌が触れている方が重要である.

Hosted by Picasa

愛人との待ち合わせ場所の映画館に着くとヒッチコックのポスターが映し出された.併し映画はヒッチコックではない.映像無しで音だけ聞こえた.

Hosted by Picasa

映像は客席を映して二人が別々の席に座るのが見える.すぐに彼女が隣へ席を変える.用心は劇場を出てからも続き、スパイか麻薬の売人のように多分ホテルの鍵だと思うが彼は素知らぬ顔で彼女の前に落とすといった用心振りである.

Hosted by Picasa

ホテルでは飛行機の出発が迫っていてそのアナウンスがせかす間二人は愛を交わし、そのものずばりはゴダールは決して映さないが、またしても掌である.これは抱擁を隠しているわけではない.抱擁を掌で認識しているのである.

Hosted by Picasa

自分自身にも触れる.

Hosted by Picasa

彼はマルセイユで ラシーヌ の悲劇「ベレニス」を演じることになっていてそのお復習いを彼女に手伝わせる.プロの役者がこの本で台詞を憶えるとは驚いた.この本はフランスのリセで生徒が勉強するシリーズで問題とか載っていたと思う.

Hosted by Picasa

出だしのシーンは男が女の手首を掴む所から始まったが最後のシーンは逆で彼女が掌を彼の掌に乗せている.

Hosted by Picasa

男は自分の手をゆっくりと抜き、

Hosted by Picasa

彼女は自分の手をゆっくりと引っ込めて、丁度出だしとは逆の動作で映画は終わる.

Hosted by Picasa

この映画は掌が沢山出てくる.それが何であるかを「女と男のいる舗道」で気付いた.最後の方でアンナ・カリーナが哲学者と会話するが、哲学者は言葉の重要性を彼女に納得させようとする.併し彼女は「でもなぜはなしをするの?何も言わずに生きるべきだわ.話しても無意味だわ.」といって言葉の虚しさを語る.

Hosted by Picasa

そしてもう一つ決定的だったのはこれである.これはある人の指摘で、気付いたのだがアンナと元恋人がバーのカウンターで後ろを向いたまま長い間会話をして一体いつまで続けるのかと思ったら、アンナカリーナの手がすっと、画面に入ってきた男の項に触れるというシーンである.いつまで続くかと思っていた画面がそれだけで活気を帯びる.彼女は開いた掌で項に触れるのである.蓋し、そのある人はよい眼を持っている.良い眼は掌で触れるように観る眼である.ところで、「女と男のいる舗道」も「恋人のいる時間」も愛のテーマとでも言うべき音楽が非常に似ている.殆ど変奏した曲である.音楽はどちらもミシェル・ルグランである.その事からもこの二つの作品が近縁性があると思った.女優がなぜアンナ・カリーナではないのかと思ったのもそのためであろう.

Hosted by Picasa

もう一つ、「ゴダールのマリア (1984)」はこの作品のきっかり二十年後の作品であるが、次のようなシーンがある.マリアの恋人ジョセフは彼女と寝る事は勿論触る事も出来ない.マリアは処女で身籠もったのである.聖母マリアの話を現代に持ってきたのでそうなっている.ある時彼女は彼に触るように言うので喜んで触ると、

Hosted by Picasa

どこからともなく現れた天使ガブリエルに張り倒されて、押さえつけられる.なぜ駄目なのだと尋ねると掟だと怒鳴られる.

Hosted by Picasa

それから月満ちたある日ジョゼフはマリアに触れようとすると、駄目っと言われる.再度試みるが同じ答えである.

Hosted by Picasa

三度目は良いという答えであった.手の形が違うわけではないので何処が良かったのかは考える人それぞれであろう.

Hosted by Picasa

そしてこのように大きなお腹に直に掌を乗せる事も許されたのであった.

Hosted by Picasa

このことで解るのは掌で触れるという認識形態の無媒介性、距離がゼロの直截性である.予断に振り回されることなく直接的認識である.映画は愛についてそう云っているが、映画自身についてゴダールはそう考えているのだと思う.予断や偏見を持たず手で撫でるように画面を観るのだと云う事だと思う.物語ではなく映画というものを限りなく距離を縮めて観ろといっているのである.

top