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「都市の夏」は 「都会のアリス」ではなかった

BeauMale
2011.9.24

ヴィム・ヴェンダースの処女作は「都市の夏 (1970」である.アテネフランセ文化センターでやっていた.アテネフランセは古くから,戦前からあるフランス語学校で筆者も少しだけ通ったことがある.お茶の水にあるがお茶の水は駿台、アテネフランセとあってその近辺は高校生の頃から良く行っていた場所であるがもう何十年ぶりかである.行ってみて驚いたのは観客が沢山来ていたことである.エレベーターでホールのある階に行ったら並んでいる様子だが、受付に行って訊いたら階段の下まで並んでいるという話で、階を降りたら二階下まで並んでいる.結局補助椅子が通路に置かれそれでも立ち見が出た.

筆者はこの映画その四年後の「都会のアリス (1973)」のような瑞々しいものだと思っていたが、これは題名の、「都市」と「都会」の連想でそう思ったのであろう.筆者はこの「都会のアリス」、「パリ、テキサス」、「リスボン物語(1995)」がとても好きであるが、共通するのは小さな子供が出ることである.「リスボン物語」などは小さい子供達に一人一台のヴィデオカメラを持たせて好きに撮らせるという話が出てくるのだ.

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所がこの映画は全く予想していたものとは違っていて正直見ているのがかなり辛い映画であった.「夏」という言葉が題名に入っているが夏どころか真冬のドイツのどこかの都市であって、TV でヨーロッパの大雪の様子を映すという言葉が出てくるほどに真冬なのである.

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車がビルの前に止まって中の長髪の男が何本も煙草を吸って誰かを待っている.カーラジオは無くて小さなラじをを吊り下げて聞いている.その中男がビルから出てきて何故なのかの説明が何もないまま釈放されて出てきてその迎えだということが解る.二人は車の中でこれという話もしないし、釈放された男のナレーションが長髪の男の言葉に掛かって発言がナレーションでこう言ったというようにかき消されてしまう.

常に音楽ががんがんかかっていて最初の車の中では音源はラジオだと解るが後はただ音楽が鳴っていて偶に発せられる相手の言葉は同じようにナレーションに吸収されてしまう.ある女と同居しているのだが、ずっと同じ調子であるがあるとき男がアメリカに行かなくてはならないと言い出して、パンナムに電話すると云って受話器を取って相手の説明を聞いて頷いているが内容は分からない.電話が終わると男はビザだとか予防注射だとか時間が掛かるがそんなことやっている時間はない.直ぐに発つというがその辺で音楽が急にマーラーに変わる.それまでの音楽はずっとポップスであった.男はそのまま出て行ってしまって最後に飛行機の翼が映される.

よく解らない映画である.帰りに奴も来ていたが何度も途中で出ようと思ったという話をしていた.今日はそのまま直ぐに別れて帰った.

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