viva cinema

ヴェンダース「ことの次第」の美しい映像は物語らない

BeauMale
2011.10.2

ヴェンダース の「ことの次第」は前回書いたように 1981 年の作品で、ほぼ十五年後の「リスボン物語」と同じくフィルムメイキングの話である.撮影監督は同じくアンリ・アルカンでこの映画は白黒である.「リスボン物語」がマノエル・デ・オリヴェイラを登場させたように、この映画ではサミュエル・フラーが映画の中の完成することのない映画の撮影監督役で出演している.監督役はこれも「リスボン物語」の監督役のパトリック・ボーショーが演じて、役の名前もフレデリックで同じであるが、「リスボン物語」では最後の最後に登場するのではなく、ずっと出ずっぱりである.

この映画がフィルムメイキングの映画と云うことを知らないで見たら、出だしの荒野をマスクと眼鏡をして防護服のようなものを着た一団を見るとこれは SF なのかと思ってしまう.その一団の後から手持ちキャメラを持った監督がついて来て撮影をしているが、他にスタッフの姿もなくて、奇妙な感覚に捉えられる.

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人類を滅亡させる事変が起きてこの防護服に身を包んだ人々は身体が溶け出すらしい何かに追われて既に溶け出したという子供を人の手で窒息死させて死体を地面に投げ捨てたままもう近くの海を目指すのだと歩みを進めている.それで海に着いたところでこれが撮影風景だと解る.皆衣装を投げ出すのである.

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監督はこれから海岸にまでみんなが降りていくところをキャメラを止めずに撮り続けるぞと云うが、撮影監督のサミュエル・フラーからストップが掛かる.それは出来ないという.フィルムが底をついてクローズアップでもちょこっと撮るしかない.そこで一人の少女のクローズアップを撮ることになって、その場面が下である.左に白髪のフラーが座り、監督が少女の前で演技を着け、撮影助手がキャメラを覗く.これが最後の撮影で今後二度と撮影は始まらない.

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撮影地は「リスボン物語」同様にポルトガルでアメリカ映画を撮っているのである.ロスアンジェルスに行っているいるというプロデューサーに連絡を取ってフィルムを送らせなければならない.併し連絡がつかないのである.この先フィルムが来ない限り何もやることができない.この映画自体を持続させるよくある手は、スタッフや俳優のそれぞれの内面を描き、それぞれの物語を語ることである.しかしヴェンダースはそんな事はしない.好き合ってベッドを共にする男女もいるのであるが、その二人の愛の経過や内面には関心がない.ただ表層をなぞって見せるだけである.

例えば下の女性はバックが映画で使う布に描いた建物や風景でその前に美しい裸体を露出してみせる.成瀬巳喜男のように微妙な光の効果でその美しさを際立たせて表現する.

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その女性を別の角度から撮っているが、こんな画面は決して粗雑なポルノヴィデオには登場しない.アンリ・アルカンのキャメラはこんなにも美しく見せられるのである.この後傍らの男性と揉めたりもするがどういう経過でそうなったかには全く関心を示さない.

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次はまた別の女性である.何かに目覚め明かりをつけ寝苦しさで胸元までかけたシーツを剥いだところである.シーツと身体の白さが影の黒さと相俟って室内の照明が程よい光を放っているがこれらはアンリ・アルカンによる照明の微妙な調節なのだろうと思う.

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撮影中止になって、プロデューサーとも連絡が取れず先行きがわからない状態で、その日は皆アルコールを多くとって休んだのであるが、監督はまんじりともせずジョン・フォードの「捜索者」について書かれた本を読みながらブツブツ独り言を呟いていると、外は嵐模様で大きな枝が飛んできてガラスは飛び散り壁に貼ってあった写真も飛び散った.不吉な前兆の如くである.

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朝、人々はやることとてなく思い思いに体操するもの、ヴァイオリンを弾くもの、いろいろである.

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そんな中撮影監督のサミュエル・フラーの妻が死んだという知らせが来て、フラーは撮影監督だけではなく監督の頼りになる相談相手のようなものであったが、彼が去るということになってその出立前の話し合いである.

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話し合いといっても何ということはない.フラーの方からまあなんとかなると監督を励まして出ていった.金が出来たらいつでも連絡をくれ、十二時間以内に駆けつけるとも言い置いてゆく.

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フラーは車を整備していたスタッフに空港まで送れといってリスボンに向かう.全く別に市内電車でリスボンに行った女優がいた.フラーはリスボンでここで下ろせ、荷物はカウンターに持って行けといって、多分行きつけであるバーに向かう.その姿を目にした女優は後を追うが、バーに入ってもカウンター席で怪気炎を上げているフラーに気付かれないで、壁全面が鏡の座席に腰を下ろし、時折フラーの方に目をやりながら何事かを書いている.バーの隣の床屋にはスタッフの一人が来ていたが、隣のバーから聞こえるフラーの大声に彼だと気づいて入ってくるが彼もまたフラーには気付かれずに先に腰を降ろしている女優の隣に座る.そして背後の鏡にはカウンターのフラーの後ろ姿が写っている.ただそれだけの映像でそれで物語が進展するわけでもない.物語を紡ぎ出さない映像があるばかりである.

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次は誰のものともしれない朝食のセットが差し込まれた映像である.なんの変哲のないものが並んでいるだけだがこの映像の美しさは感動する.

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次は微笑ましい映像である.二人の女の子の子役がいて彼女たちはいつでも一緒にいて寝るのも一緒である.ある晩片方が目が覚めて聞き耳を立てたあともう一人を起こす.聞こえるかともう一人に尋ねると、聞こえるといってセックスしているみたいだと二人はニンマリする.

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扨、監督はもはやいつまでも待ってはいられない.これからロスアンジェルスに行ってプロデューサーを掴まて、契約なのだから金を出せといって明後日には戻るのでそれからすぐ撮影は再開だと云ってロスアンジェルスに発つ.到着早々プロデューサーの事務所を尋ねるが、秘書がいるばかりで、秘書も本人の居所を知らない.窓の下を眺めると、彼の車を点検するかのようにして立ち去っていく車があるので彼は急いで追いかけるがちょっとしたカーチェイスが上からのキャメラで撮られるが逃げられてしまう.他を訪ねても行方はわからない.

その帰りにジョン・フォードの「捜索者 Searchers」の看板を立てている前を通る.筆者はこの映画は映画史上もっとも美しい映画であると思うが封切りは 1956 年でこの「ことの次第」の舞台はその年ということなのだろうか?或いはリヴァイヴァル上映なのであろうか.

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車を降り立ったその場所のスターにはあのフリッツ・ラングの名が刻印されている.呼び出したプロデューサーの恋人も行方を知らないが、金は全て彼が出したものだお告げられる.ポルトガルでのロケ費用の全てをである.

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次に妻の死で先に帰ったサミュエル・フラーを尋ねると、奴はまだ生きているかどうかわkらないが組織の金を盗んだのだという.まだ生きていたとしても先は長くないという話であった.

暗澹たる思いで駐車場に止まっていると、近くに一台のキャンピングカーがいるのに気づいた.いきなりその車に乗り込むとプロデューサーがいた.彼が言うには、俺は馬鹿だった.お前に惚れてしまって判断が狂ったのだという.ドイツ人の監督がアメリカ映画を撮るという企画は完璧だし、映画の内容もサバイバルものだから受けるに違いない.出資者の高利貸しに企画を持って行ったら大乗り気なのでラッシュを見せたら、こういうのだ.色はどうしたのだ、色がないぞと言われてしまう.カラーにしておきさえすれば今頃は大金持ちだったのにと言われれば最早これまでである.プロデューサーはキャンピングカーから出たら危険であるのに出てきて監督と別れのハグをした.その瞬間に縦断が飛んできて彼に命中する.

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地面に伏せた監督は四六時中手放さないキャメラを回して周囲を中腰になりながら撮りまくる.しかし相手の姿は見えない.結局彼も銃弾に倒れてしまう.

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監督の口から「物語は物語の中でしか存在しない.人間は物語を必要としない」という言葉が出ていたが、この映画のポルトガルの部分は決して物語を紡がない映像でできていて、ロスアンジェルスでは一気呵成に死に向かう.ギリシャ悲劇のような映画である.初めてこれを見たときはなんだか暗い映画だよなと思っていたが今回見なおしてなんとも素晴らしい映画であることに納得した.

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