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ヴェンダースの「リスボン物語」はヴィディオットを追い払う

BeauMale
2011.9.30

ヴェンダースのこの「リスボン物語(1995)」は「ことの次第(1981)」に次ぐフィルムメーキングの話である.キャメラは同じアンリ・アルカンの美しい映像で、「ベルリン・天使の詩 (1987)」も彼によるものであったが、カラーを撮ったのを見たのはこれが初めてである.最後にやっと登場する監督役も同じパトリック・ボーショーが演じている.「ことの次第」は舞台は同じポルトガルでも重い雲が立ちこめた暗い映画で映画が完成しない話であった.劇場で封切り時に観たときは、リスボンの街の美しさに圧倒されて、フィルムメーキングの方は余り記憶がない.今度 DVD で観直して漸く話の筋が掴めたようである.

映画の音声を担当の男がリスボンからの一通の絵葉書で助けてくれと云うのを雑誌や新聞の山から見つけ出してドイツからポルトガルまで旅をする.道中は散々であった.近づけば近づくほどに困難が待ち構えている.最初はパンクで車から降りてくる時に片足はギブスを填めていることが解る.スペアータイヤを橋の欄干に置きパンクしたタイヤを外して刺さっていた長い釘を抜いて力任せに投げ捨てたらスペアタイヤが河の中に転げ落ちてしまった.

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お次はヒートアップで最後には車のシャフトを落としてしまう.結局は荷車である.機材を積んでいるから大荷物なのである.

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ドルビーステレオ付きの車をやるからという条件でトラックに頼んで何とか彼に助けを求めた監督の借りたアパートにたどり着くが扉は開いており中はもぬけの殻である.彼はここでこの後延々と監督の帰りを待ち続けることになる.取り敢えず荷物を運んで旅の疲れを癒すべく寝ていると起こされた.ヴィデオカメラで自分を撮影している少年に起こされたのである.

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ヴィデオを向けられると彼は不機嫌な顔をして何とか止めさせ、子供達に音声を聞かせたりするが子供達は四六時中誰もがヴィデオカメラを構えている.床屋の髭剃りに鏡というきわめて映画的道具があるのに彼は髭剃りは止めてしまう.鏡に映っているように子供達がヴィデオカメラを構えているからである.どんなに映画的なものもヴィデオがあると台無しなのである.

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ある時別の部屋から音楽が聞こえてきた.ギター、チェロ、キーボードといった楽器に一人の美しい女性が歌っている.十七世紀のダウランドのリュート音楽のような美しくもの悲しげな歌である.彼らは監督に依頼されて映画の音楽を作っているのであった.こんなに美しい女性が登場すれば音声の男性が恋をしないわけはない.彼らはもう一日で仕上がってその後は南米のツアーに発つという.

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音声の男は毎日のように街に出てマイクで様々な音を拾って暮らしているが、ある日編集台に載っている撮り終わったフィルムがあるのでそれを観てみた.昔の手回しキャメラで撮ったリスボンの人々や風景である.それに感じ入った彼はその映画の音声を採取することにした.

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ヴィデオ餓鬼どもは相変わらず彼につきまとってくる.監督は見てくれたと云って撮った作品を見せられれば、こういう顔をして手前にある TV 受像器の映像を渋々見るしかない.

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彼は音の採取だけではなくスタジオを借りて本格的に音入れを行っている.ある日はマノエル・デ・オリヴェイラの言葉を収録する.マノエル・デ・オリヴェイラはポルトガルのというより世界の巨匠で 1908 年生まれであるから、この映画の時は 八十七歳である.現在では百歳を超しているが今なお前衛的作品をとり続けている.この映画では本人が出ているのである.

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編集台にあった映画には彼が映っているのである.彼の声を採らなくてはならないのである.

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そのオリヴェイラがチャプリンの真似をしながら遠ざかる映像まである.

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その仕事に忙しいある日またヴィデオ餓鬼どもがやってきて煩くヴィデオカメラを彼に向ける.彼は遂に堪忍袋の緒が切れてしまった.構えるキャメラを押しのけて「失せろ」「ヴィデオ馬鹿 ヴィディオット Vidiot」と怒鳴りつける.

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この映画を劇場で観たときは子供達に監督がヴィデオカメラを配り何でも採ってこいと言い渡す画面があったがこの DVD では無くなっていた.恐らく説明的すぎると外したのであろう.

ある日のことその監督の方が近づいてきた.どうも監督は始めから彼がこうするであろうと解っていたようである.監督は映画は観られてしまったら終わりである.観る人に影響を与えてしまう.そんな映画に絶望して、音声が入れば何とかなると彼に助けを求めたが、今では純粋な目で撮ったものしかないと映画への絶望を語り、ヴィデオカメラとともにある夥しい数のヴィデオテープを彼に見せる.

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これは何とかせにゃならんと、今監督が住んでいる壊れた車にメッセージを入れたテープを録音機に入れておき彼が車に戻った所でリーモートコントロールで物陰からテープを再生する.監督は恐らくそれを待っていたかのように喜んでメッセージを聴く.自分の目を信じろという言葉が連ねてある.

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勿論彼らは映画の続きを昔の手回しキャメラで撮り出すのであった.

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この映画はリュミエールの映画が出来てから 100 年という記念にポルトガル政府の依頼で出来たのである.美しいリスボンの街並み、美しい女性、髭剃りに鏡、車も荷馬車もこの百年の映画的記憶が一杯詰められ更に百年の映画史の生き証人のようなオリヴェイラがチャプリンの真似をして本当に楽しいお伽話になっている.

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