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ヴィクトール・エリセ「エル・スール」ショットの繋ぎの素晴らしさ

BeauMale
2011.12.5

ヴィクトール・エリセという監督は多分余りよく知られていないだろう.日本で公開された最初の作品「ミツバチのささやき (1973)」は可愛いとかいったことで評判になったが次の作品「エル・スール (1982)」は知られていないのだろう.可愛いといっていた層も誰が作ったかなど気にしていないから最初に「ミツバチのささやき」が1985 年に公開され当たったので同じ年に「エル・スール」が公開されても見に行かないのであろう.この作品の後は「マルメロの陽光 (1992)」でこの監督は十年に一本しか映画を撮らない.筆者は最後の「マルメロの陽光」が一番好きなのだが、世の中ではこれら三本段々評判が落ちていく.物語性が希薄になればそうなるのは世の常である.これの十年後は、「10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス(2002)」というオムニバス映画のアキ・カウリスマキの「結婚は10分で決める」」に次ぐ二つ目「ライフライン」である.一人十分の映画で、十年に一本の人が十分というのは残念である.次は来年であるが日本で公開されるのだろうか心配である.

この映画は公開時に劇場で観てそれ以降今回 TV 放映で初めて観たが、その時感動した画面は全て憶えていた.この映画は何処を取っても素晴らしいショットに充ち満ちている.では出だしの画面からである.尚、題名のスペイン語「El Sur」は英語なら「The South」で南という意味である.


映画が始まるとこのような真っ黒な画面で何が起きるか驚かされる.真っ暗ではなく、真っ黒と敢えていうのはこの監督の黒が何処までも黒い本物の黒だからであり.

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窓から入る光が次第に明るくなってきてそれが誰かの横たわる寝台であるということが見えてくる.光だけではなくこの部屋の外から複数の人々が歩き回り階段を上り下りする音とともに夫がいなくなったとその夫の名を呼ぶ声や女中と思しき人の声も聞こえてくる

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ショットは切り変わってベッドにいるのは若い娘であることが解る.彼女はただならぬ外の物音に眼を覚ますのである.枕元の時計を見て、彼女は起き上がり上に一枚羽織ってベッドから降りる.そして以降物語は彼女の回想としてナレーションで語られる.

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ベッドから出たら直ぐベッドを直す習慣らしく蒲団を整えながら枕を持ち上げるとそこには小さな箱のようなものが置いてある.窓からの明かりが更に明るくなっている.

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その箱を両の掌に持って彼女はベッドに腰掛け掌の中の箱を眺め入りながら俯いている.明かりは更に光をます.彼女のナレーションはこれを置いて行った父はもう戻らないと語る..

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掌に包まれたそれが何であるか解るようにショットはアップになる.円筒形の黒い箱の蓋が開けられ中のものを取り出すべく彼女の指が箱の中をまさぐる.

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指先で引き出されたものは銀の鎖であり上に引き出されていくとショットは腰から上のショットに変わり外の光は更に明るくなって後ろの壁も壁掛けの模様が見えてくる.

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鎖は持ち上げられショットはアップになって彼女の目の前に掲げた腕からつり下げられ彼女の頬に涙が零れる.この鎖は父と彼女が振り子というものである.

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医者である父はこの振り子を使って予言の能力がある.彼女が憶えている父の姿の最初というのはと、この画面が挿入して身重で腹の大きな母親の腹の上でこの振り子を揺らせて生まれてくる子が女の子と彼女を予測した父だと語られる.

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これ以降は少女時代の彼女の話が綴られる.父も母も内戦の間共和国側であっため父の故郷の「南」を出て各地を転々として北部の城壁のある街に住むことになった.家の前の並木道は父は国境と呼んでいたところでその道を通って医者として病院に通っている.その出掛ける様子が縦の構図で表現される.

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父の帰りをバイクの音で知る少女は同じ縦の構図で戻ってくる父の方に向かって走って行く.

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彼女の目的はバイクに乗せて貰い事であった.この並木の道は後に重要な画面で使われよう.

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父の予言という能力が自分にも欲しいと思っていた彼女はこうして父に振り子の扱いを学ぶ.彼女は父親っ子なのである.

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父は二股の枝を持ってそれが手前に撥ねる場所が水のあるところだという予言もやって、場所が解ればそこで振り子を揺らして、揺れが止まるまでの時間を計る硬貨をを父に手渡すのは少女の役目で硬貨の数で何メートル掘ったらよいかが判断される.この仕事で父は某かの金も受け取っている.

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父親が好きな少女には母親の思い出はあまりない.母親は共和国時代に教師であったが今はフランコ政権の報復で教職には就けない.娘に家で教えて、花の栽培や縫い物や料理をやっている.ある雪の日そんな母から南では雪も降らないと聞かされる.南という言葉に娘は敏感に反応する.父の故郷は南であったが父の父、少女の祖父と折り合いが悪くて南には帰らないのだという話を聞かされる.それ以来彼女はまだ見ぬ南に惹かれるのである.様々な絵葉書を眺める少女の姿も挿入される.

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そのように南への憧れを持ち出したとき、彼女の初聖体拝領の日がやってきた.カトリックではミサの際に聖体拝領といってキリストの身体を象徴する小さな丸くて薄いパンを神父から口に入れて貰いということをするが、それを十歳前ぐらいの子供が初めて受ける初聖体拝領の行事は一種の晴れの日であって家族や親族から祝われる.その初聖体拝領の日に南から彼女の祖母と父の乳母であった女性がお祝いにやってくるのである.彼女の南が具体的な姿で現れるのである.

父が最初に出迎え、これは乳母である.乳母は少女の部屋で一晩泊まるので気の良い乳母は彼女に父と祖父との確執を訊かれるままに話してくれる.共和国時代父は英雄で祖父は極悪人であったがフランコが勝ってからは祖父が聖人で父は極悪人、勝ったもの勝ちだと、祖父が悪者であると思いたい少女に世の中の相対的仕組みを教えるのであった.

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次にまだ車の中にいる祖母を父は迎える.

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明くる日は初聖体拝領の当日である.祖母と父の乳母と母が総出で彼女の結婚衣装のような白い衣装の着付けをしてやる.すると外で銃声が聞こえる.母は父が外で猟銃を撃っているというが二人のの老婆は眉を顰めている.こんな大事な日に不謹慎だというわけである.少女は教会などに行ったことのない父が来てくれるかが心配事である.母は解らないと応えるばかりである.乳母は昨晩は首に縄を掛けても連れて行くといっていたが何も応えない.

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着付けを終わった少女が裏庭を脱兎の如く走ってきた.転びでもすれば衣装が台無しである.銃声で大好きな父に見せたくて堪らないのだと解る.

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ショットが変わり裏木戸が映される.普通だったらこの木戸めがけて突進する少女が映るはずだがここには驚かされる.

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裏木戸は敷地の内側からではなく外側から映されていたのである.

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そして彼女の視線の方向にキャメラは切り替えられるとここも驚いた.もっと間近にいる父が映って娘の晴れ着姿を眼にする姿が見えるかと思ったら、遙か彼方に父がいる.三層に奥に行くにしたがって高くなる山並みの一番手前にいて銃を撃つとその煙が立つ.このシーンはこれで終わりである.

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初聖体拝領は無事に終わり終わると子供達は家族にそれを告げに行く.少女の家族は着付けを手伝った女三人はいるが父の姿はない.乳母が一番奥にいるというのに促されてされて、真っ暗な教会の入り口を目指して走ると父が暗闇から出て来た.

家では宴会である.主賓である少女の座るべき場所は誰もいずに左右に人々が席に着きアコーデオンの音楽が流れている.おやと思って観ているとキャメラは引き出し縦の構図で下がっていく.

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すると一番手前で少女と父が踊っている.左右に端から端まで動くという踊りである.この踊りは後に再現される.

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踊りもたけなわ列席の人々が拍手で調子を取り出すとキャメラは踊る二人より奥に行き列席の人を左右に映しながらまた奥に進み最初の位置に戻る.こんな循環する縦の構図のキャメラワークは観た事がない.

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二人の来客が南へと戻ったある日、少女は父の机から封筒に同じ名前の女性名が繰り返し書かれたのを発見する.聞いたことのない女性名である.母にそれとなく尋ねるが母も知らない.少女は父の隠している秘密だと思う.

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その後数ヶ月経って学校帰りに映画館の前に父のバイクがある.映画のポスターを見ると、あの父が何度も書き記した名前が主演女優として載っている.

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外から館内を覗き込んだこのスチール写真の女優こそその女性なのである.この女優を演じるのはオーロラ・クレマンで彼女はヴェンダースの「パリ・テキサス」で両親の不在の間ハンター少年を育った弟夫妻の妻でフランス語訛りの英語を喋ってハンターを「アンター」と発音していた.

父は彼女の入れない映画館でオーロラ・クレマンの演じる映画を観ている所が挿入される.下の YouTube にその部分の映像が載っている.

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YouTube - irene rios, ríe al ir

少女は父の出てくるのを待っているが出て来た父は喫茶店に入り手紙を書いている.役者名ではなく本人に宛に書いているのである.文面から彼女が彼の昔の恋人であったことが解る.彼女の方からも返事が来た.長らく放って置いて今頃何だ、もう手紙は書かないでくれ、今は女優は止めているという文面である.

それからというもの父は遅く帰ったり家を空けたりして夫婦喧嘩も起こる.家の中は重苦しい空気が流れる.ある日少女は母が毛糸を巻くのを手伝っていた.少女は父が家出をした日という表現に母は怒って家出ではない、何も解らないくせにというのに、少女は私には解っている、お母さんだって解っていると言い返して毛糸を投げ出しっていってしまった.

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娘の言葉に唖然とする母親.

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併し毛糸の玉は巻続け、

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キャメラは下がっていく.この画面の最初から目立つ真っ赤な毛糸を使っているというのはこのためであったのである.少女が床に落としていった毛糸の束から毛糸が巻続けられそれが生き物のように動くという面白い画面を作っている.勿論毛糸の赤は床の敷物の赤い模様とも呼応している.

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少女は自転車で学校に通うようになっていて、最初の並木を縦の構図で小さな点でしかない程になると、

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その点が手前の方に戻ってくる.並木の木の様子も最初とは違っている.近づいて来たのは少女ではなく冒頭の目覚めて涙を流す娘へと変わっている.縦の構図の行き来が時間の経過を表すというのも他で観た事がない.娘へと成長した彼女はボーイフレンドに追い回されたり人並みに青春を楽しんでいるが映画館の前であの名前を探すのは忘れない.

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ある日のこと父親が珍しく昼休みに学校に来て娘をホテルでの昼食に誘う.これはナレーションで言われホテルの正面の映像に被せられる.このホテルでは結婚式をやっている.次の映像がこれである.かなりの年配のボーイが間仕切りのカーテンの隙間から結婚式で賑わっているレストランの結婚式会場の方を覗くのである.

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そして次の画面はこちら側のスペースの奥に彼女と父が食事をしている画面である.この二つの画面でこの距離感、空間を丁寧に説明している.

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二人のやりとりはほぼ正面から切り返しで捉えられる.父はボーイフレンドのことなど当たり障りのない話をする.

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応える娘はどうしても知りたいことがあるといって例の名前を訊くが父は似た人は知っているがその名の人は知らないと曖昧な答えをする.娘は父がその名を封筒に何度も書き連ねていたこと、例の映画館でその名を見たことを云って父の嘘は解っている事を示す.併し話はそこまでである.父は立ち上がって出て行く.

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父と入れ違いにさっきのボーイがやってきて他に注文がないかを聞くと、娘は随分賑やかだといえば結婚式をやっているとの応え.この場面がなければ賑やかな声や音楽は聞こえても結婚式のことは知り得ないのである.

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その間父は洗面上で顔を洗っていた.娘の前で表情を変えなかった父であるがこの画面で動揺を表現している.

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父が戻ってくると娘は学校に戻ると言い出す.サボれと引き留めるが成功しない.娘がこれで行くというと、サキソフォーンで聞こえてきた結婚式場からのメロディーに父はこれを憶えているかと尋ねるが娘には憶えが無い.二人でこの曲を一緒に踊ったろうという言葉で初聖体拝領の日のことを思い出す.

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併し娘は未だ少しいるという父を素気なく残して立ち上がり後ろを向いてしまう.

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彼女は結婚式場との仕切りのカーテンから中を覗き込む.ここまでは想像出来るが次は驚いてしまう.

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キャメラは間仕切りに沿って上に上昇して隣の結婚式場を映し出すのである.

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中ではまさに結婚した新郎新婦であろうカップルが父と少女が踊ったのと同じに左右にだけ端から端まで動くステップを踏んでいるのである.

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そしてもう一度驚かされるのはキャメラが切り替えされて中を覗く彼女の姿が中から映される.娘のナレーションで父の気持ちは分かるが何といって応えたらよかったのであろうと入る.

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間仕切りから離れた娘は父に手を振れば、

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父が奥から手を挙げて返して来る.これが父を見る最後だったのである.

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そして次に街の郊外の水辺の草が生い茂る場所に彼女の自転車が乗り捨てられている.

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キャメラが横移動すると男が銃を小脇に倒れている.父は自殺したのであろうか、顔は隠れて見えない.冒頭の父がいなくなったという朝の暗闇で女中が自転車もないという言葉を発していた.また、父が出て行くときにポケットのものも全てを残していったとその全てを並べた写真もある.自転車は遺失物か何かの札が附けられて戻ってきている.併し大きな病院の医者が本人を証明するものがなくても彼だと解らないことがあるのだろうかとも思う.隠されている頭は木っ端みじんになって解らないのかも知れないがこの映画の謎である.

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その後彼女は病気になってしまった.

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しかし、南の父の乳母から助け船が来た.療養ということで来ないかというのである.母を説得して行くことになった.父の失踪後南のどこかに宛た長距離電話の領収書を見つけてそれを隠し持っていたが、これを持って行くことは忘れない.

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この映画の特徴は箇々の映像の美しさにもあるが、それが周到な演出によって見事に繋げられているのである.この映画ほどにどの画面も見過ごせないと眼を皿のようにして見たくなる映画は他には無いように思う.何度も何度も驚かされその巧みさに感嘆せざるを得ない.「ミツバチのささやき」も「マルメロの陽光」も同様にに素晴らしいのである.

YouTube - 「エル・スール」予告編 El sur

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