viva cinema

ゴダールの「さらば、愛の言葉よ」を見て

ゆうたこ
2015.2.14

このゴダールの最新作「さらば、愛の言葉よ ADIEU AU LANGAGE 3D (2014)」は 3D の映画で劇場で 3D 用の眼鏡を買わされる.眼鏡無しだと画面はぼけてみられない.(この部分だけ何時もの BeauMale が書いたが本文はゆたこさん.未だ高校生である.)

YouTube - 『さらば、愛の言葉よ』日本版予告篇


さて、巨匠と言われるゴダールさんのこの作品、何と言うかね、ごちゃごちゃした作品だなぁって思ったんだよなぁ、画面が少しばかし暗くなる3Dメガネを掛けながら見る訳だけど、いきなり画面が斜めに傾いたり、右目と左目で違う映像が流れたり、だから人によっちゃ頭の中がぐわんぐわんにかき混ぜられて、胸のあたりがジリジリと焼けてきたり、まぶたが重くなり始めるかも知れないなぁって、

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加えてさ、このゴダールさんの色彩ってヒドく、いや悪い意味じゃないんだけどさ、すっごい鮮明で目のずっとずっと中に熱々な鉄の棒を差し込まれたみたいな感覚さえあるわけで、テレビの砂嵐なんかが見えた時には洗脳されている見たいで、何だか不気味な感じだし、

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だけど正直言っちゃうとさ、この作品に3Dは必要ないかなぁって思った訳で、というのも3Dって平面な映像を立体視できるようにする、こんなこと態々改めてう必要は無いだろうけどさ、立体視して生まれる利点ってなんだろうって考えた時、多分僕が思うに躍動感っていうか、迫力が増大するってことだと思うんだよね、

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例えばさ、壮大な銃撃戦があったとして、弾丸が直ぐ目の前に見えたり、激しいカーチェイスだったり、そいういった時々のぐわってくる感じって、平面から立体になった時、その瞬間の驚きってのは凄いんだろうな、だからどっちかって言うと、芸術作品的映像よりも、CGを使ったアクション映画的なものの方が3Dってのは映えると思う、勿論、ゴダールさんは自分の作品に合うように、3Dをどうやって使うかを吟味したり、挑戦したり、そういったことはしていると思う、でも、実際に映画を見て思ったことは、この映像は立体ではなくて平面だよなぁっていう事、私的な考えだけど、3Dは劇、2Dは映画、劇は肉体の動きやら舞台全体の動き、映画は構図と色と音、こういうことなんじゃないかなぁって、ゴダーさんが作るのは映画だから、やっぱし3Dって違和感を感じるんだ、でもいろんな人は結構肯定的って言うのかな、流石ゴダールさん!みたいな感想が多いみたいだけど、結局はこの作品、ゴダールさんが3Dでどれだけ遊べるのか試した物を映画として出したんじゃないかって思うんだ、

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不思議なのは和訳された題、「さらば愛の言葉よ」っていう題だけど、原題は「Adieu au langage 3D 」というもの、何処から愛の言葉になったんだろう、ゴダールさん自身、映画の中にたくさんの立体言語を盛り込んだ結果、ちょっと疲れちゃったからもういいやってな意味で「Adieu」って言葉を使ったんじゃないかなぁと想ったり思わなかったり、

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映画批評家の蓮實重彦さんによれば、「犬を見よとゴダールはいう。同時に、犬など見てはならぬともいっている。どうすればよいのか?その矛盾は、映画を見ることで、小気味よく解決される。 」って言ったのを、映画を見終わった後に知ったんだけど、どういうことだろうって映画を思い出すと、あゝってなるんだよね、それが何かって言うとさ、犬がでるシーンに入るとほっとするんだ、色々と画面が入り乱れている中で、犬がでるそのシーンだけは3Dの効果が薄れているようで、目が疲れないし、それに景色が本当に綺麗でさ、水が流れる場面とか最高に綺麗なわけですよ、だから多分ゴダールさんからしたら、犬が出る場面はついつい可愛い可愛い犬に目がいっちゃうのは、ゴダールさん自身もわかっているだろうし、見てもらいたいとも思うんだろうけど、やっぱり、見てもらいたいのは犬だけじゃなくて映画だから、映画としての景色を見てもらいたい、だから「犬を見よ」、「犬など見てはならぬ」っていう二つの相反する言葉が出てくるんだと思う、

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まぁ色んな人がこの作品を評価していくだろうし、例えば既に評価として上がっているものを例に取ったら、喧嘩する男と女、彷徨う犬、膨大な言葉の氾濫、それらに込めたゴダールの真意を紐解いていくのもまた面白いとか、映画の禁じ手を臆せず使っていくゴダールさんの若さと言ったらない、とかさ、そう、色々、本当に色々出るんだと思う、

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でも、僕はそう言った込み入った、なんだろう、深みを見ようとする感想ってのは一寸苦手で、だからもっと簡単に作品に触れてもいいと思うんだ、例えば禁じ手を行うとか、僕からしたらただ単にゴダールさんが3Dで遊んでいるんだなぁって思うだけだし、犬とかが出てくればゴダールさん自身が目の疲れを取りたいからってことだと思うし、男と女が出てくるのも、何ていうかゴダールさんにとって一番取りやすい題材だと思うし、

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そこに言葉を盛り込むのは、場面場面の良いスパイスになるからだろうし、これもやっぱりゴダールさんが使い慣れた手だと思うし、ゴダールさんが撮りたい映画を撮ってたら、その丁寧な技術とセンスに勝手に見る人が翻弄されている感じなのかなぁ、でもこの映画、今ここでもし3Dがこの映画から取り除かれたらどうなるんだろう、そんなことを考えてみると、顎に手をあてて考えこんじゃうよね、僕らは3Dあってのこの映画だと思っているし、ゴダールさんも3Dで遊ぶためにこの映画を作ったんだろうし、この映画は絶対に3Dが無い方が綺麗だし鮮明だと思うけど、3Dがなかったらなかったで些か味気が無いかなっとも思っちゃったり、まぁあれですよ、この「さらば愛の言葉よ」ってのはさ、ゴダールさんの遊びに付き合ってやるかぁ程度に気持ちをらくーにして、3D酔する人は控えて、で、伸び伸びとした体勢で見るといいと思うな、それで頭のなかで色んな場面を思い出して、ふぅと息を付いて家に帰って、今日ゴダールさんの新しい映画見たんだよと、知り合いにでも自慢すれば、この作品を一番いい形で楽しめたってことになるんじゃあないかな。

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