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ホウ・シャオシェン「悲情城市」の縦の構図

BeauMale
2011.11.15

ホウ・シャオシェン 侯孝賢の作品を取り上げたのはこれで三本目である.この映画は封切り時に劇場で観て、の後は VHS で一度観たが、大体において筆者は俳優の顔が覚えられないし、筋を追っていくより画面に見えるものを見ようとする習慣が何時の頃からか着いているので二度観ても物語のストーリーが掴めていない.始めっからストーリーは良いやと諦めてしまうものもある.併し今回はストーリーを掴もうと意識的に努力してみた.ストーリーが掴めないのは出場人物の関係が解らなかったからだと気付いた.

この物語は基隆の近くの九份という山間地の林という一族の話が中心になっている.林家は船問屋をやっていてこの街では顔聞きである.当主は、ホウ・シャオシェン作品では常によい味を出している李天禄の演じる林阿禄で、もう隠居している様子である.李天禄は「ナイルの娘」でちょくちょくやってくる隣に住む祖父役で出ていた.林阿禄には四人の息子がいて長男は林文雄(陳松勇)で彼が事実上当主をやっているようである.次男は南方に軍医として徴用されて行方不明である.嫁が同居している.三男の林文良は上海で日本軍の通訳をやっていたが気が振れて戻ってきた.四男は林文清(梁朝偉トニー・レオン)で彼は八歳の時木から落ちて耳が聞こえなくなり、話が出来ず紙に書いて意思の疏通をする.兄弟の中で彼が一番優秀なのだという話が出てくる.彼は林家の近くで写真館を営んでいる.

この四男の文清の親友、呉寛栄(呉義芳)は写真館に同居をして、その妹、呉寛美(辛樹芬)もこの街の病院に看護婦として働くことになるが、兄が迎えに行けず、文清が代わりに行って彼女は輿に乗って坂道をこの山間の街までやってくる.

というのが、物語の人物達であるが、物語を追ったにしてもこの映画で印象に残った画面は何なのかを考えてみる.一番の心に残ったのは縦の構図が多用されていると言うことである.その全てではないが多くを取り出してどんなであるかを以下見て行くことにする.

映画の最初の画面は林家の祭壇のある部屋で、左奥の布の垂れ下がった部屋からは女の陣痛の叫びが聞こえてくる.手前で隠居の阿禄と長男の文雄が落ち着かない様子で待ている.奥の部屋では文雄の妾の出産である.正妻の住むこの家で同居しているらしい.陣痛の苦痛の声とともにラジオから日本の天皇の終戦の詔勅を読み上げる声が微かに聞こえてくる.この物語は臺灣を統治していた日本の敗北の日から始まるのである.この画面を取り上げたのは、この部屋が縦の構図でどう使われているかを示すためである.

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次の画面は何度も出てくるこの街からの光景で多分基隆港を臨むこの、九份という山間地の位置を示している.

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次が愈縦の構図であるが、手前側はこの家の食堂で、奥に硝子越しにさっきの祭壇の間が見える.この縦の構図は硝子窓という見えはするが手が届かない奥を示すといった意味を帯びている.冒頭の画面はその硝子の向こうだけが映され、そこは家族だけの空間なのである.この画面テーブルに着く隠居の阿禄と傍らに立つ長男の文雄、そして手前は南方で行方不明の次男の嫁である.この日は林家がここで酒家を始める祝いの日で多くの人々がこの縦の構図の所で交差する.宴が終われば外で全員の記念撮影が行われる.

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次は縦の構図と関係無いが、呉寛美(辛樹芬)が林文清に伴われて初めて兄の住まう文清の写真館を訪れたところである.この彼女を観れば、「戀戀風塵 (1987)」や「童年往事(1985)」の可憐な娘であると解る.

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次は彼女の勤める病院の入り口で、病院は常に内側からこのように縦の構図で先ずは映されここからいろいろな出来事が起きる起点であるかのような構図である.

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全景の二人、左が呉寛美の兄で呉義芳、右が林文清で二人は紙に書いた言葉で交わしている.

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早速病院に一人の女性が現れた.彼女は小川静子といって日本人である.父は呉義芳の勤める学校の校長で小川先生と呼ばれている.二人は基隆からの引き上げ船で日本に帰ることになったのである.

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静子は呉寛美に彼女の兄と彼女自身に贈り物を残して行く.静子の戦死した兄の形見の竹刀と詩を呉義芳に彼女の大事にしていた着物を呉寛美にである.

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後でそれらの品々を兄に見せていると兄の回想がフラッシュバックで現れる.「夕焼け小焼けに赤とんぼ」の歌を歌う女性の声とともに教室が映り一人の女性がオルガンを弾きながら歌っている.最後に教師呉義芳の姿が映される.彼は密かに静子を好いていたのである.小津映画では屡々童謡が流れるが、小津への賛美がこういう形で重ね合わされている.

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また縦の構図に戻るとこれは長男文雄の妾の兄、阿嘉が奥の人物を仲間と示し合わせて襲うところである.日本刀を後ろ手に隠し持っていてそれを振りかざして奥の敵めがけて襲いかかる.阿嘉はチンピラで麻薬か何かで上海のヤクザともめ事を起こしている.その一環の刃傷沙汰である.

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この縦の構図は彼が敵の所まで接近して切りつけると一瞬キャメラは上昇して俯瞰撮影で奥で待ち構えて挟み撃ちをした仲間達が逃げ惑う相手に切りかける様が上から映されて縦の構図が解消される.戦闘を縦の構図で表されたところが後でもう一つある.

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これも縦の構図であるが左右が閉じられていない解放空間で奥の文清と寛美を手前の兄寛栄が撮影する場面である.最初兄妹が被写体にあり次がこのカップルでその後、文清が寛美を単体で撮る.唐突な記念撮影であるが、文清が写真屋であると言うこととは別に小津の「麥秋」も最後に家族全員の記念撮影が行われて最後が静止画面になると言うことのこれも小津賛美なのだと思うが全部で四回もの記念撮影画面が挿入される.

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次はまた奥に林家の祭壇の間が硝子の向こうに見える縦の構図であるが今度は手前を暗くして祭壇の間だけが明かり点いていて硝子の向こうがよく見る形になっている.奥に、ピンクの服を着た寛美が座っているのがはっきり見える.祭壇の間は家族だけの場所であったが、家族ではない寛美がいるのである.

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奥に寛美が座り手前に次男の嫁が座り立っているのは長男文雄と正妻との娘であろう.次兄の嫁は南方から戻ってこない夫は生きていることを信じていると話す.夫は戻ってきて以前と同じにベートーベンを聴くだろうと彼への思いを切々と語る.寛美は家族に接近しているのである.そのためのさっきのカップルの記念撮影なのであろう.

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ある日のこと病院の前が騒然として負傷者が運ばれてくる.外は騒然としているのである.二・二八事件 が起きているのである.日本との戦争が終わって国共合作も終わりを告げ、本土では国共内戦が行われている.臺灣は日本の占領が終わって国民党が統治を始めている.その乱暴な統治に臺灣人が怒って外から来た外省人への襲撃事件でそれが臺灣中に広がっていた、寛美の兄寛栄と文清は連れだって事件の起きた台北に行ってしまった..

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文清が戻ったので寛美は彼の許を尋ねた.これが縦の構図で表される.奥の入り口の硝子戸の外から寛美が戸を叩くと文清が手前右から出てきて入り口の戸を開けて寛美を迎え入れる.文清は戸を閉めるので寛美が先に手前に向かって歩んでくる.

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寛美は何度も兄の許を訪れているので勝手知った家である.右に曲がって二階の客間に通じる階段を登って文清も直ぐに階段の所で画面から消える.

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階段を登る足音が微かに聞こえその間画面は同じ縦の構図で留まったままである.

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キャメラが二階に切り替わると寛美は座敷を横切り窓際まで来ていた.階段を映さないのは正に小津の引用だと思ったがこれは騙された.そもそも階段など無いのである.これと同じ画面が前にもあったのであるが同じに間を取って空の縦の構図を置いているかと思ったらそうではなかった.この最初の時は全く同じに兄寛栄が友人を三人連れてくるのであるが、四人の人物がどやどやと縦の構図を入り口から手前に進んできて右に向かうが右端はぎりぎりにしか入らず階段を登っていくようには見えない.この時文清は奥でお客の撮影をしていた.

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その文清が仕事を終え出てきて人が来ているのに気付かなかったが一段高くなっている廊下に登って進むと向かって左側に客間の床の間のある部屋がある.それが映っていたのである.つまり入り口の硝子戸の見える縦の構図を手前に向かって右には階段ではなく一段高くなっている廊下があってそれを真っ直ぐ進んでまた廊下を降りると文清の仕事場である.階段の音だと思ったのは廊下を歩く足音であった.一段上って姿が見えなくなるのだから階段だと思っても致し方ないが、そうではないという事を先に映像で示していたのである.それでもこれは確実に小津の引用で、小津のように階段があっても映さないのではなく本当にないのだといった念のの入った引用なのであった.

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この日文清は寛美に台北であったことを紙に書いて説明してそれがフラッシュバックで映される.手に手に棒きれを持った男達が大陸から来た外省人を探している.見つけると袋だたきにする.文清が列車で腰掛けているとそうした男達がやってきて、彼に尋問する.耳の聞こえない彼には応えようがない.彼がかろうじて臺灣人と叫ぶが発音が可笑しいので愈怪しまれてすんでの所で寛栄に助けられたという話である.

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併し、その後文清は逮捕投獄される.寛栄は足を折って戻ってくるが妹と連れだって実家に戻る.併しそこは何度も憲兵隊が来ているので危ないと他に隠れるがその儘行方知れずである.下は、手前が牢屋の入り口で、折しも同房の一人が出廷だと行って呼び出される.併しそれは嘘であってそのことは皆知っている.

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房から出された男は長い縦の構図で表される両側に房が連なる通路を連行されて行き着いた先は映されず房の内部にキャメラは切り変わって銃声がする.幸い文清は耳が聞こえないということで殺されずに戻ってきた.

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戻ってきてから彼は忙しい.獄中で殺された仲間の家族を訪ねては、最後の言葉や遺品を届けていた.そんなる日寛美は文清に会うため九份の林家を訪れる.またしても奥の祭壇の部屋に招じ入れられる.隣に座るのは気の振れた三男で祭壇の供え物を食べてしまう.

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やがて文清が戻り殺された仲間達の家族を訪ね歩いていたという話をして、山奥の村に行くとそこで寛美の兄寛栄に出会ったのだという話がフラッシュバックで伝えられる.

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またの日長兄の文雄が文清に大声で話しかける.最初は大声で毎日何処をほっつき歩いているかの小言であるが、文清の肩に手をやって、お前なあ、若い娘が外聞もはばからずずっと滞在しているのだ、いつまで待たせるのだと云うが、娘に話は伝えてやれと行ってしまう.寛美が最初から奥の祭壇の間にいたということは家族も同然と言うことである.

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その長男文雄は阿嘉の起こしたいざこざは何とか纏めるが、最近は阿嘉とともに博打にのめり込んでいる.そこでまた阿嘉は刃傷沙汰を起こして助けに入った文雄は上海ヤクザのボスの放った銃弾で命を落としてしまう.

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葬式もそこそこに奥の祭壇の前で文清と寛美の結婚式が執り行われる.最初、硝子越しの縦の構図で映していたキャメラは祭壇の間に入り後ろから二人を映しているが初めて祭壇の側から二人を映した.

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その後二人は一子をもうけ、幸せに暮らしていた.山からは時々資金援助を求めてきてそれには喜んで応じていた.ある日山から使いが来て寛栄達は軍隊に急襲され銃殺されたとの知らせである.文清達も逃げた方が良いと勧めていたが文清は一家三人の記念写真をセルフタイマーで撮り、撮り終えたところで写真が静止する.記念写真でも何でも静止したら物語が終わるのが常である.併しこの物語は寛美がこの写真を持って林家を訪れ、殺された長男文雄の娘にその写真が最後の写真だと云って見せる.文清はその写真を撮った日に逮捕されその後行方不明であると伝える.そして国民党は大陸を逃れ 1949 年に正式に臺灣に移って来る.

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1947 年の二・二八事件のとき戒厳令が敷かれそれが解除されるのは四十年後である.解除後二年でのこの映画の上映は出来ないのではという噂であったが上映された.そういう政治史的観点からよりこの映画の縦の構図の多様な使い方はほれぼれするものである.

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